運用サービス
Investment
service

ファンド・マネージャー

ベイビュー・アセット・マネジメント(以下、「当社」)は、ブティックハウスならではの経営方針として「運用=製造(Manufacturing)」と考え、そのリソースの多くを運用関連部門に投入、専門性の向上と品質の維持を図ってきました。

ファンド・マネージャー中心主義のもと運用の責任者を明確にし、日本株式は当社のファンド・マネージャーが担当、米国を中心とする海外株式及び債券は日本における包括的な運用業務提携を行う米国トップクラスのブティックハウスが担当しています。

当社は、確たるトラック・レコードを積み上げてきた「ベスト&ブライテスト」(最優秀)のファンド・マネージャーが、100%運用にフォーカスできる「場(プラットフォーム)」を提供し、その資質を最大限に活かすことが最重要であると考えています。

ベイビュー・アセット・マネジメント株式会社

(写真:岡橋功樹)

日本株式運用部
岡橋功樹 Koki Okahashi

株式:ロング/ロング・ショート

(写真:谷川崇人)

日本株式運用部
谷川崇人 Takato Tanikawa

株式:ロング・ショート

(写真:三須博志)

日本株式運用部
三須博志 Hiroshi Misu

株式:ロング・ショート

米国提携先

Victory Capital Management Inc.

(写真:Scott Tracy)
RS Investments グロース・グループ
Scott Tracy
スコット・トレーシー
(写真:Chris Clark)
RS Investments グロース・グループ
Chris Clark
クリス・クラーク
(写真:Daniel Lang)
RS Investments バリュー・グループ
Daniel Lang
ダニエル・ラン
(写真:Heidi Adelman)
INCORE Capital Management
Heidi Adelman
ハイディ・アデルマン
(写真:Stephen Hammers)
Victory Solutions
Mannik Dhillon
マニック・ディロン

株式:スマートベータ

(写真:Stephen Hammers)
Victory Solutions
Stephen Hammers
スティーブン・ハマーズ

株式:スマートベータ

Victory Capital オフィシャルサイト

Cerebellum Capital, LLC

(写真:Astro Teller)
Astro Teller
アストロ・テラー

株式:ロング・ショート

(写真:David Andre)
David Andre
デビット・アンドレ

株式:ロング・ショート

Cerebellum Capitalオフィシャルサイト

Crosslink Capital, Inc.

(写真:Michael Stark)
パブリック・チーム
Michael Stark
マイケル・スターク

プライベート・エクイティ:クロスオーバー

(写真:Eric Chin)
ベンチャー・チーム
Eric Chin
エリック・チン

プライベート・エクイティ:ベンチャー・キャピタル

Crosslink Capital オフィシャルサイト

Horsley Bridge Partners, LLC.

(写真:Elizabeth Obershaw)
Elizabeth Obershaw
エリザベス・オーバーショウ

プライベート・エクイティ:ファンド・オブ・ファンズ

Horsley Bridge Partnersオフィシャルサイト

GoAhead Ventures LLC.

(写真:森 健)
森 健 Takeshi Mori

プライベート・エクイティ:ベンチャー・キャピタル

GoAhead Ventures オフィシャルサイト

(写真)

岡橋 功樹 Koki Okahashi

企業分析に基づくボトムアップと市場分析に基づくトップダウンを融合させた新たな日本株式戦略、
『ニュー・アルフェックス ロングショート』
『厳選日本中小型株式』
『ニュー・アクティブ・プラス』

取るべきリスクを取り、リターンに変える

岡橋功樹は、大学卒業後に大手総合商社へ入社し、経理部門で会計・税務業務の実務に携わります。そして、担当するモンゴルの事業会社の監査業務を行うべく現地へ出張した際の出来事が、その後のキャリアの原点となります。同社は、モンゴルの携帯電話事業を独占しており、社長は大臣の右腕を務める程の人物でしたが、社会人経験の浅い岡橋に対して非常に気遣う姿を見て、自分が日本の大企業の看板に守られていることを痛感しました。岡橋は、会社の名前ではなく、自らの実力で生き抜ける社会人になりたいと考え、2001年に財務コンサルティング業務を行うベンチャー企業へと転職します。そして、住宅ローン会社の立ち上げ、企業買収に係るデュー・デリジェンス、PFIの財務アドバイザリーといった案件に従事する中で、ITバブル崩壊による会社存続の危機にも直面、ビジネスマンとしての艱難辛苦を乗り越えてきました。

2005年、独立系運用会社の設立に際し声を掛けられたことをきっかけに、岡橋は株式運用の世界に身を投じます。株式運用に必要なのは、過去の経験ではなく、知的好奇心とセンスだという言葉に触発され、投資経験のない自分にもチャンスがあると考えました。また、ベンチャー企業で案件を創出する為に様々な知識習得に努めていた岡橋にとって、知的好奇心そのものが仕事の成果に繋がるという株式運用に強い魅力を感じ、キャリア転換を決意したのです。

その後、岡橋は、中小型株式投資を超過収益(アルファ)の源泉とする日本株式ロング・ショート・ファンドのアナリストとして多数の有望銘柄を発掘し、運用チームが2006年のライブドア・ショックや2008年のリーマン・ショックを生き残る原動力となって活躍しました。この間に、中小型株式を専門とする機関投資家は次々と姿を消し、岡橋は同分野において数少ない存在となっています。

そして2010年7月、運用チームが安定したプラットフォームを求めて、ベイビュー・アセット・マネジメントへ移籍をすることになりました。岡橋は、引き続きストック・ピックにおいて圧倒的な実績を積み上げる中、これまで培った企業分析力を自らの手で株式運用に活かしたいという思いを強め、2014年7月より『ニュー・アルフェックス ロングショート』のファンド・マネージャーに就任することとなりました。併せて、他の運用者が注目していない魅力的なカタリストを秘めた中小型銘柄に厳選投資するロング・オンリー・ファンド『厳選日本中小型株式』及び『ニュー・アクティブ・プス』も岡橋率いる運用チームが担当しています。

岡橋は、大企業とベンチャー企業において、金融以外の様々な事業にも携わってきたからこそ体得できた幅広い視点を有します。それを武器に、日本経済を支える優れた中小型企業をいち早く見出し、国内、そして海外の運用者を凌ぐアルファを獲得するという強い信念を持ち、新たな挑戦に臨みます。

【プロフィール】1995年 住友商事(株)入社後、経理部門にて海外インフラプロジェクトや自動車、メディア、及びエレクトロニクス事業の会計・税務業務に携わる。2001年 (株)日本興業銀行(現 (株)みずほ銀行)出身者によって設立されたベンチャー企業に入社、日本初のモーゲージバンクである日本住宅ローン(株)の立ち上げ、日系企業による中国鉄鋼メーカー買収のためのデュー・デリジェンス、自治体によるPFI案件のフィナンシャル・アドバイザリー業務等に従事。2005年 アルフェックス・インベストメンツ(株)入社、会社設立時からアナリストとして日本株式ロング・ショート運用における企業調査を担当。2010年7月ベイビュー・アセット・マネジメント(株)へ運用ファンド及び同運用チームと共に移籍、2014年3月 運用第二部 部長に昇格、同年7月 日本株式運用部発足に合わせてファンド・マネージャーに就任、現在に至る。また、2017年4月 『厳選日本中小型株式』が、金融誌「J-MONEY」の「ファンド大賞2016」において、日本株/スモールキャップ1年部門及び同5年部門で最優秀賞(第1位)に選出される。1995年 慶應義塾大学商学部卒。

(写真)

谷川 崇人 Takato Tanikawa

投資家行動分析を取り入れた日本株式ボトムアップ戦略、『Bayview日本株ロングショート』

鳥の目、虫の目、そして魚の目

谷川崇人が金融界に興味を持ったきっかけは、大学在学中にベンチャー・ファイナンスに触れたことでした。「ベンチャー企業が成功するために重要な要素は何か」を研究するにつれて「ベンチャー企業による資金調達の難しさ」を知り、「将来、成長を遂げる若い企業を資金面でサポートしたい」と思い国内証券会社に入社しました。

入社後は、日本株式のリサーチ・セールスとして、運用会社を対象に個別銘柄の投資情報や投資アイデア等を提供してきましたが、当該業務に従事した5年間で、「セルサイドのアナリストによる情報は、過去からの延長線上で語られており、既に株価に織り込まれていることが多い。」と気付きました。その一方、コンタクトを取る多くのファンド・マネージャー達が、いち早く株式市場及び企業の変化を捉え、自らの考えに基づく投資アクションを起こしている姿に遭遇し、バイサイドの運用業務に醍醐味を感じます。この思いの高まりに大きな影響を与えたファンド・マネージャーが、ベイビュー・アセット・マネジメントの佐久間でした。

佐久間は、1999年にモーニングスター社の「ファンド・オブ・ザ・イヤー」に選出されるなど数々の実績と共に脚光を浴び、日本を代表するストック・ピッカーとして国内外の投資家の間で抜群の評価を確立、2002年から、「自らの運用スキルを最大限発揮したい」との思いでベイビュー・アセット・マネジメントに参画していました。佐久間とは、当初はアポイントを取るのも難しい状況でしたが、綿密な調査・分析結果に基づく谷川の話に徐々に耳を傾けてくれるようになります。そして、ある企業について佐久間とディスカッションをした際、市場関係者の多くが見過ごしていた同企業に対する歴史的な考察に感銘し「佐久間と一緒に働きたい」と考え、2012年5月にベイビュー・アセット・マネジメントへ入社することを決めました。入社後は佐久間の下で、アナリストとして有望な個別銘柄発掘力に磨きをかけると共に、リサーチ・セールス時代に極めて重要であると痛感した投資家行動分析を新たに取り入れ銘柄推奨を実践してきたことが実を結び、2016年4月、佐久間が長年運用する「Bayview日本株ロングショート」の共同ファンド・マネージャーに就任し、佐久間の引退に伴い、2017年6月から当該ファンドの主責任者となりました。

今日の株式市場では、レバレッジ型ETFの売買代金が大型株式を上回るなど、マーケットの動きに重大な影響を及ぼす投資家行動は時々刻々と変化しています。谷川は、「株式投資においては、鳥の目(マクロからの視点)、虫の目(ミクロからの視点)、そして魚の目(トレンドからの視点)を持ち、個別企業のファンダメンタルズ分析だけでなく、株式市場の潮流を見極め斬新な視点で投資判断しなければ優れたリターンを得ることは出来ない」との信念を持ち、新たな挑戦を始めます。

【プロフィール】2007年 新光証券(株)(現みずほ証券(株))入社後、エクイティ営業部、機関投資家営業部にて、国内運用会社を中心に機関投資家に対するリサーチ・セールス業務に従事。2012年5月ベイビュー・アセット・マネジメント(株)入社、現在に至る。2007年東京理科大学経営学部卒。

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三須 博志 Hiroshi Misu

豊富な運用経験で、新進気鋭のファンド・マネージャーをサポート、『Bayview日本株ロングショート』

確固たる信念と、柔軟な決断

三須博志と株式投資の出会いは、大学時代に遡ります。在学中の1987年に留学した米国で、ブラックマンデーに遭遇します。「コンピューターのプログラム取引が急落の原因」と訳知り顔で話す講師や周囲の大人達を見聞きし、まだ株式の知識も経験もない学生でしたが、「相場」の持つ底知れぬ魅力を感じました。卒業後は山一證券に入社し、本店営業で3年間個人・法人営業に携わった後にシンガポール法人へ出向、アジア株式トレーダーとして成長著しいエネルギーとダイナミズムに満ち溢れた現地市場に身を委ねながら、「自分は株が好きなんだ」と確信します。

帰国後は、国内機関投資家向けに日本株式トレーダーとして個別銘柄の売買を日々執行する中で、何十人ものファンド・マネージャー達の銘柄選択や投資判断に絡む職人技を目の当たりにし、「いつかは自分もバイサイドに行く」という想いが日増しに強まります。そして奇しくも山一證券が自主廃業に至り、当時担当先の一つであった太陽生命に入社した三須は、念願のファンド・マネージャーへの道を歩み始めます。先ずは日本株式アナリストとして保険資産の運用に携わった後、1999年から、本人にとって大きな転機となる米国株式ロング・ショート運用を行うヘッジ・ファンド会社へ3年間出向することになります。

出向先のサンフランシスコでは、たった一人の日本人として孤軍奮闘しつつも、米国テクノロジー株式アナリストとしてシリコンバレーのハイテク企業へ足繁く通える貴重な経験を得ました。そして、本格的なボトムアップ型投資手法と共に、まさにITバブルが形成され崩壊していく渦中において、当時の先端を行く株式ロング・ショート運用に携わる絶好の機会に恵まれたのです。燻し銀の米国職人ファンド・マネージャーから叩き込まれた「企業に惚れるな、企業の成長率の加速に惚れて鈍化を嫌え」という金言は、その後の三須の運用の根幹を成すことになりました。

帰国後、T&Dアセットマネジメントで本格的にファンド・マネージャーとして日本株式の運用を開始します。以来12年間に亘り、ボトムアップ・アプローチによる個別銘柄選択を超過収益の源泉と捉えた運用で、着実にリターンを積み重ねます。三須は、保険会社や年金基金、或いは投資信託の向こう側には、必ず加入者や従業員、或いは個人投資家の方々がいることを常に意識して運用に従事し、「お客様の大切な資金をお預かりするうえで重要なのは、ファンド・マネージャーのブレない信念とフレキシブルな決断である」をモットーとします。そして、大手運用会社特有のチーム運用体制ではアピールすることが容易でない、責任者を明確にした「顔の見える運用」を実践したいという長年の想いを実現させる機会を望んでいました。2014年7月、シンガポールで株式の世界にプロとして足を踏み入れてから20年、自らの集大成となる舞台として、サンフランシスコ出向時代から長年の交流があるベイビュー・アセット・マネジメントへの参画を決意することになりました。

【プロフィール】1991年 山一證券(株)入社後、本店営業部、山一セキュリティーズ(シンガポール)、金融法人資金運用部、エクイティ・トレーディング第一部等で証券営業及び株式トレーディング業務に携わる。1998年太陽生命保険相互会社(現太陽生命保険(株))入社、特別勘定運用におけるテクノロジー、素材、及び公益セクターの企業分析業務に従事。1999年ロバートソン・スティーブンス・インベストメント・マネジメント(現RS Investments)からMBOしたエライジャー・アセット・マネジメント(当時)に出向し、主に米国テクノロジー企業のアナリストを経験後、2003年からはT&D太陽大同投資顧問株式会社(現T&Dアセットマネジメント(株))運用部門のファンド・マネージャーとして、保険資産、年金基金、及び投資信託の日本株式を主要対象としたグロース型投資の運用業務に従事。2014年7月ベイビュー・アセット・マネジメント(株)入社、現在に至る。1991年 立教大学文学部卒。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。

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Scott Tracy スコット・トレーシー

Victory Capital(RS Investmentsグロース・グループ)
チーフ・インベストメント・オフィサー

コネチカット州にある名門トリニティ大学を卒業し、カリフォルニア大学バークレイ校にて経営修士号(MBA)を取得。テクノロジー・セクターの調査に強みを持つMontgomery Securities(現 Bank of America)や、Hewlett-Packard(HP)の年金運用チームで米国株アナリストとしての経験を積んだ後、2001年にRS Investments入社。2007年からグロース・グループの共同ポートフォリオ・マネージャーを務め、2012年に同グループのリーダーに昇格。そして、RS InvestmentsがVictory Capitalに統合された2016年以降は、RS Investmentsグロース・グループのチーフ・インベストメント・オフィサーとして同グループを統括。

Scottは、誰もが知る大企業よりも、革新的な製品やサービスで高成長を遂げる新興企業を発掘し投資することに大きな魅力を感じ、中小型株投資を専門とするRS Investmentsへ移籍しました。ニューヨークで5人兄弟の末っ子として育ち、年齢、職種、肩書等を問わず人と接することを常に楽しんでいます。その対人能力を活かし、リサーチ対象の中小型企業では、CEOから現場の営業マンやエンジニアまで様々な人との会話を通して情報収集を行い、また社内では、グロース・グループのリーダーとしてメンバーをまとめています。

プライベートでは3人の息子と娘のよき父親であり、週末には家族でテニスやチェスを楽しみます。但し、子供相手でも真剣勝負をするのがScott流の教育方針です。どのような場面でも厳しい競争を通して切磋琢磨し、自らを鍛えてきたことが優れた運用成果に繋がっているという自負があるからです。

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Daniel Lang ダニエル・ラン

Victory Capital(RS Investmentsバリュー・グループ)
チーフ・インベストメント・オフィサー

コーネル大学卒業後、コーネル大学メディカル・カレッジにてM.D.(Medical Doctor)を取得。ニューヨーク州Mount Sinai Hospitalで内科医、カリフォルニア大学で心臓医として実務経験を積み、Sapient Medical Groupを共同設立してCFOを務めた。その後、運用業界に入り、Brilleon Capital USでシニア・アソシエイトとしてベンチャー企業の発掘を担当、 Farallon Capital Managementでは製薬セクターのポートフォリオ・マネージャーを務め、2009年にRS Investments入社。バリュー・グループでヘルスケア・セクターを担当し、2015年に同グループのリーダーに昇格。そして、RS InvestmentsがVictory Capitalに統合された2016年以降は、RS Investmentsバリュー・グループのチーフ・インベストメント・オフィサーとして同グループを統括。

Danielは、医学生時代から医療だけでなく金融にも興味を持ちました。医師となって勤務する中、医療に関する知識や経験を生かして投資を行えば、画期的な新薬・医療機器の開発や医療サービスの向上につながり、結果的により多くの患者に貢献できると考え運用業界に転身しました。実際、基礎及び臨床医学に関する専門知識、そして医療機関での勤務やベンチャー企業への投資を通じて培った現場経験を武器に、投資先企業の製品・サービスを独自の視点で評価できることは、Danielの大きな強みです。例えば、医療機関の分析を行う際には、医療機器の設備状況から、医師及び看護スタッフの数や質、ベッド1台当たりの収益構造まで徹底した調査・分析を行い、実務レベルでの課題を見つけ出し、経営陣と対話をすることで企業価値の拡大をサポートします。

因みに、Danielのリサーチ・センスは来日の際にプライベートでも生かされ、様々なグルメサイトや米国の友人から収集した情報を分析し、観光客向けガイドブックには載っていない、食通の日本人のみが足繁く通う隠れた和食の名店を見つけ出しています。

(写真)

Tony Dong トニー・ドン

ミシガン州立大学を優秀な成績で卒業し、ウェイン州立大学で経営修士号(MBA)を取得。Manufacturers National Bank(現Comerica Inc.)でポートフォリオ・マネージャー及びリサーチ・アナリストとして経験を積んだ後、1988年にMunder Capitalに入社。同社において取締役会メンバー、副会長等を歴任し、2014年にVictory傘下に入った後も、引き続きチーフ・インベストメント・オフィサーを務める。

Tonyは、特に米国中型成長株運用において、全米でもトップクラスの実力と知名度を誇ります。彼のチームの旗艦運用戦略は、PSN(投資情報サービス会社であるInforma Investment Solutions社が運営するデータベース)の中型成長株ユニバースにおいて5年連続で「トップ・ガン・マネージャー」(トップ・ガンはベスト・パフォーマーの意味)に選出され、また、バロンズ紙や、CNBC、Bloomberg TV等、多くのメディアでも彼の運用に関する特集が組まれています。

そんなTonyの趣味は、サーキットでのタイム・アタック。愛車のポルシェGT3を駆って、F1やインディカー・シリーズ(「インディ500」等で世界的に有名な、全米最高峰の自動車レース・シリーズ)が開催される米国各地のコースでスピードに挑戦してきました。株式運用、そしてカーレースと一瞬たりとも気を抜けない日々の中で、彼はファンド・マネージャーにとって重要な身心のケアをかかさず、ヨガ・インストラクターの資格を持つ夫人とともに自宅でヨガを実践しています。そして何より大事にしているのは、一人娘とのひと時。小学校入学前から、テニスや、ゴルフ、釣り等を教え始め、将来は家族でのプレイを楽しみにしています。愛娘の就寝後は再び仕事モードに切り替わり、持ち帰った資料に目を通す「トップ・ガン・マネージャー」として第一線で活躍するTonyは、公私共に多忙な毎日を過ごしています。

(写真)

Stephen Hammers スティーブン・ハマーズ

Victory Capital(Victory Solutions)
チーフ・ポートフォリオ・ストラテジスト

ミドル・テネシー州立大学で航空宇宙工学を学び、旅客機のパイロットとしてキャリアをスタート。その後、金融業界に一大転身し、ファイナンシャル・アドバイザーとしてメリルリンチに入社。2003年に独立して、機関投資家向け運用コンサルタントを主業とするTrinity Planning & Consultingを設立。同社とDavid Moore(現在Victory Solutionsでマーケティングを担当)経営のCompassが2005年に合併し、Compass EMPが誕生、Stephen も共同創業者の1人となった。Compass EMPは2015年にVictory Capital傘下に加わり、名称をCEMPに改めた後、2018年にVictory Solutionsに改称している。

Stephenは、Trinity時代の2003年、スマートベータ戦略が運用業界で脚光を浴び始める遥か以前に、他社に先駆けていち早くボラティリティ・ウェイト・インデックスを開発し、長年に亘り素晴らしい運用実績を収めてきました。スマートベータ戦略のパイオニアの一人として、CNBCやFOX TV等の経済番組に頻繁に出演、またウォールストリート・ジャーナル紙やバロンズ紙を初めとする多くのメディアにも度々採り上げられ、投資家の注目を集める存在です。

元々パイロットを生業としていた彼は、今も自ら自家用機を操縦して全米の顧客を訪問、休暇の際は自宅近くの空港から一家でフロリダへと飛び立って行きます。Victory Solutionsの拠点の一つでありStephen一家が近くに暮らすナッシュビルは、夫人の出身地でもあり、彼が学生時代を過ごし今もこよなく愛する街です。音楽の都として世界的に有名ではあるものの、運用業界からは縁遠いアメリカ南東部の土地で、世界に誇るスマートベータ戦略をいち早く生み出すことが出来たのは、常識に囚われず自由な発想を持ち続けるStephenだからこそと言えます。

(写真)

Heidi Adelman ハイディ・アデルマン

Victory Capital(INCORE Capital Management)
チーフ・インベストメント・オフィサー

オハイオ州立大を卒業し、複数の金融機関で資産運用業務に就いた後、1996年にVictory Capitalに入社。1998年に「米国政府機関保証債券ファンド」運用チームに参画して以降、一貫して本運用のみに携わり、現在はチーフ・インベストメント・オフィサーとして当チームをリードする。

Victory Capital代表David BrownはHeidiについて、「現在は10あるVictory Capitalの各運用ブティック 等におけるチーフ・インベストメント・オフィサーの中でも、その運用能力と専門知識の面で最も厚い信頼を置いている」と評します。運用業界ではあまり例の無い「女性のみ3名」の運用チームを束ね、19年という長期間に亘り唯一無二の運用戦略にこだわり続け、全米トップクラスの運用実績を残してきました。その運用手法は、ポートフォリオの一万分の一にも満たない数万ドル(数百万円相当)という小口債券まで丹念に発掘し、最終的に10億ドル (約1,000億円相当)を超えるポートフォリオを構築するという、実に地道で外連味の無いものです。

プライベートな席でのHeidiは、金融業界のアメリカ人にしては珍しく、軽口を一切叩かない物静かな性格。であるが故に、彼女が発する一言一言は、飾り気がなく信頼感に溢れています。また、アウトドア・スポーツを愛するHeidiは、休日にはトレイル・ランニングやヨット・セーリングに出掛けます。彼女の運用手法には、長距離を走り、航海する姿に似た粘り強さが如実に現れているようです。クリーブランドという金融機関も少ない小さな都市で、優れたパフォーマンスに決しておごることなく、コツコツとした運用を続けるHeidiには、「鄙(ひな)には稀なプロ中のプロ」という言葉がとても良く当てはまります。

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Chris Clarkクリス・クラーク

Victory Capital(RS Investmentsグロース・グループ)
ポートフォリオ・マネージャー

独立宣言の起草者で、第3代大統領のThomas Jeffersonによって創立されたバージニア大学を卒業。グローバル投資に強みを持つDresdner RCM Global Investorsや、米国の大手機関投資家であるTIAA-CREF(全米教職員年金・保険基金)において株式リサーチ業務の経験を積んだ後、2007年にRS Investments入社。グロース・グループのアナリストとして医薬品セクターを担当、同分野での貢献が高く評価され、2014年にポートフォリオ・マネージャーに昇格。2017年2月に設定され、日本の投資家のみに限定して運用される中小型バイオ株式投資戦略に基づく 国内投資信託“USバイオ・ベンチャー”の運用責任者。

Chrisは、大型の医薬品企業を中心にリサーチを行っていましたが、特許切れ問題等に直面する大型企業が新興のバイオ医薬品企業から多数の新薬ライセンスを取得するのを目の当たりにし、有望新薬を開発する企業をいち早く発掘したいと考えるようになり、中小型株投資を専門とするRS Investmentsへ移籍しました。新薬開発は成功すれば大きな収益を獲得できるものの、途中で頓挫する可能性もあり、投資に際しては厳格なリスク管理が必要です。そこで、利害が異なるプレーヤーが相手の行動や協力の道を探りながら最適な意思決定を行う「ゲーム理論」を用いて、バイオ・ベンチャー企業、大型医薬品企業、患者、FDA等の行動を予測し、新薬承認の確率や製品寿命を数値化して業績予想を行うことで、リスクを抑制しながら高リターンを獲得する独自の投資手法を実践、大きな成果を上げています。

新薬の開発状況等によって株価が大きく変動するバイオ医薬品企業への投資は常に緊張感を強いられますが、非常に社交的な性格のChrisは、仕事が終われば社員と気さくに会話をしアメリカン・ジョークを連発します。また、スキー、ゴルフ、ラクロス等を得意とするスポーツマンで、毎冬、良質の雪を求めて日本の穴場スキー場を発掘することを楽しみにしています。

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Mannik Dhillonマニック・ディロン

Victory Capital(Victory Solutions)
プレジデント

米国最古の公立大であるジョージア大学を卒業後、世界的人材コンサル会社ヒューイット・アソシエイツにて、ポートフォリオ・マネージャーのリサーチ及び企業向け年金コンサルタント業務に9年間従事。2010年に移籍した独立系運用コンサル大手ウィルシャー・アソシエイツでは、1兆ドルの資産を担当するポートフォリオ・マネージャーの選定を行う20名超の調査チームを率い、マネージング・ディレクターを務めた。そこで担当したプロジェクトでの運命的な出会いを経て、2015年にVictory Capitalへ入社、ルールベース戦略の商品開発・企画を統括するVictory Solutions部門のプレジデントに就任。

コンサル会社に勤める中で、年金という大切な資産を扱うことでスチュワードシップや受託者責任について深淵な知見を得たMannikは、今後のキャリアにおいて専門性を極めたい分野は運用者の選定とモニタリングだと確信します。また、何千何百という膨大な数の資産運用会社と投資戦略を精査し、唯一ベストな運用ソリューションなど存在しないと気付きました。そんなMannikがVictory Capitalに入社するきっかけとなったのは、同社によるストラテジック・ベータ運用を行うチーム(現在のVictory Solutions部門)の買収案件をコンサルタントとして担当したことでした。同運用チームの、シンプルかつエレガントでありながら、多くのアクティブ運用を代替できるほど秀逸なルールベース戦略に深い感銘を受け、世に広めたいという思いが芽生えました。加えてVictory Capitalは、ラストベルト(錆付いた工業地帯)の中心として知られるオハイオ州クリーブランドに位置するにも関わらず、起業家精神溢れる経営陣や高度な運用スキルを有するメンバーが全米から多数集まっていたことが決め手となり、Mannikは陽光降り注ぐカリフォルニアを離れ、自らもその一員となったのです。

投資家が本当に求めているのは、特定の運用商品ではなく、彼らの課題に応じて適切なソリューションを提供してくれる運用者である。Mannikにとってその鍵となるのが、まさにVictory Capitalが誇るルールベース戦略であり、時として同社の他の投資戦略と融合して生み出されるカスタマイズされた運用商品なのです。仕事熱心なMannikですが、頻繁にリサーチや顧客訪問等で全米を飛び回る一方、元気旺盛な2人の息子と過ごす時間を大切にしています。また、ゴルフや絵画など多彩な趣味に時間を費やしてリフレッシュすることで英気を養い、投資家の期待を超える結果を出す日々に邁進します。

(写真)

Michael Stark マイケル・スターク

Crosslink Capital(パブリック・チーム)
ファウンダー/ポートフォリオ・マネージャー

ノースウェスタン大学を卒業、ミシガン大学にて経営修士号(MBA)を取得。シリコンバレーの勃興期である1980年代にインテルへ入社し、エンジニアとして3年間働いた後、米国新興企業に特化した投資銀行Robertson Stephens & Company(以下、「RS&Co.」)に入社、半導体セクターを得意分野として頭角を現す。同社で上場株と未上場株双方に投資するCrossover Fund、そしてベンチャー投資部門(現在のCrosslink Capital)の設立に尽力し実績を残した後、1999年にRS&Co.からの同部門MBOを成功に導いた。

Michaelは、ベンチャー・キャピタル投資で軽視されがちなポートフォリオ理論を実践に活かすことのできる数少ないファンド・マネージャーの一人です。RS&Co.で上場する新興企業を数多く見てきたMichaelは、上場前後で経営陣も顧客も何も変わらないのに、なぜ投資家だけが変わらなくてはならないのかと疑問を持つようになり、Crossover Fundを設立しました。上場株と未上場株双方を分析できる能力は、社内で"バイリンガル"と呼ばれています。

エンジニア的思考回路を持つMichaelは、非常に論理的であり、若手社員に対して投資プロセスの一貫性を問い、また同時に熱意や好奇心といった姿勢も厳しく要求しますが、それは若手育成のための教育熱心な一面の裏返しとも言えます。Michaelは自分に対しても厳しいハードワーカーですが、プライベートでは家族との時間を最優先させる等、優しい一面も覗かせています。Michaelの指導の下、2010年以降、ベンチャー投資活動のリーダーシップはEric Chinへ引き継がれています。

(写真)

Eric Chinエリック・チン

Crosslink Capital(ベンチャー・チーム)
パートナー

ダートマス大学を卒業、ハーバード・ビジネス・スクールにて経営修士号(MBA)を取得。Artiman VenturesやBay Partnersでべンチャー投資を行い、スマートフォン等の動きを検地するセンサーを手掛けるInvensense(2011年にIPOした後、2016年にTDKが買収)をはじめ、インターネットやソフトウェア企業への投資で成功を収めた。その後、2010年にCrosslink Capitalに入社し、同社の次世代を担う経営陣の1人として活躍。シリコンバレー屈指のネットワークへと発展したアルファ・クラブを活用し、投資案件や事業提携先の発掘につなげている。

ベンチャー投資には人的ネットワークが極めて重要ですが、大人数の参加するイベントでは本当に関係を構築したい人と出会うのは難しいという問題がありました。そこでEricは、特定のテーマについて深い知識を持つ少人数の専門家を選別して招待し、参加者全てが活発に議論を行いながら親密な関係を構築できる場を提供すべく、2005年にアルファ・クラブを設立しました。そして、アルファ・クラブのネットワークを通じてシード及びアーリー・ステージ企業へベンチャー投資を行うというEricの考えに賛同するCrosslink Capitalで、その戦略を実現させています。

エネルギッシュで気さくなEricは、ビジネスだけでなく、サーフィンや料理といった趣味を通じた交友関係も広く、人脈が重要なベンチャー・キャピタリストは天職と言えるかもしれません。日本に来日した際には、大好物のラーメン食べ歩きを通じて当社の社員とも親睦を深めています。Ericは、自らのネットワークを駆使して様々な面で起業家をサポートすることで、イノベーションを生み出し社会に貢献する起業家の夢を実現させ、同時に資金提供を行う投資家には高いリターンをもたらすベンチャー・キャピタリストの仕事に、大きな誇りを持って取り組んでいます。

(写真)

Elizabeth Obershaw エリザベス・オーバーショウ

Horsley Bridge Partners
マネージング・ディレクター

カリフォルニア大学を卒業、スタンフォード大学にて経営修士号(MBA)を取得。 Hewlett-Packard(以下、「HP」)の年金基金運用チームで上場株式(主にテクノロジーを始めとする成長株)及びプライベート・エクイティ(以下、「PE」)投資の実績を積み、1991年から16年間に亘り、同チームのチーフ・インベストメント・オフィサーとして、160億ドルの資産運用を統括した。その後、次世代を担う主要メンバーの1人として、2007年にHorsley Bridge Partners(以下「HBP」)に入社し、同社創業者であるGary Bridgeの後継として現在は日本のクライアント・サービスも担当。長年のPE投資を通じ、業界で幅広いネットワークを築き、多くのトップ・ベンチャー・キャピタルから高い信頼を得ている。

HPでは、世界各国の様々なアセットクラスへ投資し、実績を上げてきたElizabethですが、新興企業の成長を長期的に直接サポートするPE、中でもベンチャー投資には特に大きな魅力を感じていました。そして、業界の名門ファンド・オブ・ファンズ、HBPでその道を究めることを選択したのです。カリフォルニア出身で気さくな人柄でありながら、仕事に関しては非常に几帳面かつ完璧主義で、チーム・メンバーからの人望も厚いElizabethは、同社の標榜する「People + Process = Performance (ヒト+プロセス=パフォーマンス)」という運用の公式にぴたりと当てはまります。

有望なPEファンドを発掘すべく国内外を飛び回るElizabethは、移動時間を惜しんで仕事を続けるハードワーカーです。しかし来日の際には、一人息子に戦国武将の兜を購入する等、常に家族のことも忘れません。ベートーベンからU2まで様々なジャンルの音楽を楽しむElizabethの好奇心旺盛でオープン・マインドな性格は、伝統ある名門トップ・ベンチャー・キャピタルに留まらず、新進気鋭のマイクロ・キャップ・ファンドを積極的に発掘するHBPの運用戦略にも通じています。

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森 健 Takeshi Mori

GoAhead Ventures
ファウンダー/マネージング・パートナー

東京大学工学部を卒業し、(株)日立製作所で約15年間に亘りエンジニアとして世界各国の通信システム設計を主導。スタンフォード大学にて経営修士号(MBA)を取得した後、シリコンバレーの通信会社副社長や運用会社のベンチャー・キャピタル部門アドバイザーを経て、世界最速レベルの光スイッチを開発するのぞみフォトニクス(株)創業に参画。2005年、日本企業と米国ベンチャー企業の架け橋となるべく、シリコンバレーにてZenShin Capital(現 GoAhead Ventures)を起ち上げた。

スタンフォード大学留学中シリコンバレーに魅了された森は、家族を連れて同地に移り住み、以来10年以上をかけスタンフォード・コネクションを柱に、米国西海岸のベンチャー業界で強固な独自のネットワークを築き上げてきました。スタートアップのベンチャー企業への投資に際しては、「経営者との信頼関係構築が最も重要である」と考える森は、多くの時間をかけて起業家と向き合い、共にその技術とビジネスの萌芽を育てることに注力します。

時にはビジネス開発に熱中する余り、学業を顧みない学生に対し、大学を卒業するよう強く勧める等、他のベンチャー・キャピタリストとは異なる、目先の利益獲得を度外視し親身に相談に乗る森を、単なる資金提供者ではなく父のように慕う若手起業家もいます。次々に生まれる森の独創的なアイディアによって、洗練された日本企業の技術と、米国ベンチャー企業のイノベーションとが融合し、次世代を切り拓く新たな事業が生み出されていきます。

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Astro Teller アストロ・テラー

Cerebellum Capital
ファウンダー/ディレクター

「正確なタイミングの判断、緻密な過去分析と完璧な再現、次々発生する多数の事象への対応、これら全ての面で、マシンが人間の能力を上回る。そしてこれらはいずれも、自動運転と資産運用という、一見性質が全く異なる目的実現の為に、無くてはならないものとなっている。」

スタンフォード大学にて、コンピューター・サイエンス等の学士号及び修士号を取得。カーネギーメロン大学では、名誉あるHertzフェローシップを授与され、人工知能(AI)の博士号を取得。キャリア初頭ではスタンフォード大学で教鞭をとり、企業や大学系研究所の技術者兼研究者を務めていたが、起業家へ転身。ウェアラブル・ボディー・センサー端末開発企業であったBodyMedia(2013年にJawboneが買収)を含む複数企業を立ち上げ、CEOや会長職に就いて事業を育成。現在は2008年にDavid Andreと共同創業したAIヘッジファンド、Cerebellum Capitalのディレクターを務めると共に、自動運転やスマート・グラスなどの革新的プロジェクトを扱うAlphabet(Googleの持株会社)傘下の研究開発機関、 X(旧Google X)の“キャプテン・オブ・ムーンショット”(CEO)として人類未踏の領域での研究開発に従事している。

Astroの父方の祖父は「水爆の父」として知られる物理学者のEdward Teller、母方の祖父はノーベル経済学賞を受賞したGerard Debreu。並外れて優秀な遺伝子を持つ彼は、人々が今まで考えつかなかったような画期的な方法で物事を変えることを生業としています。壮大なビジョンを実現する秘訣は、“早く失敗すること”。それは膨大な時間と資金を投入する前に、プロジェクトの実現可能性を知るためです。このように新しい未来を夢見る大切さと現実主義者の顔を併せ持ったAstroの教えは、注意深く設計されたCerebellumの運用アルゴリズムにも活かされています。

多くの会議に出席するため、ローラーブレードでオフィスを走り回っているAstroですが、作家としての活動もしています。1997年の初小説“Exegesis”は高い評価を得て、日本を含む複数の国で翻訳され、二作目はパラマウント・ピクチャーズに購入されています。そして妻と共同執筆を行った最新作“Sacred Cows”では結婚と離婚をテーマに取り上げるなど、アストロの深い洞察力発揮の場は科学の世界にとどまらず、様々な人々を魅了しています。

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David Andre デビッド・アンドレ

Cerebellum Capital
ファウンダー/ チーフ・エグゼクティブ・オフィサー / チーフ・テクノロジー・オフィサー

スタンフォード大学にて、心理学士及びシンボリック・システムズと呼ばれるコンピューター・サイエンス、言語学、哲学、心理学を融合したユニークな学位を取得。2003年にはカリフォルニア大学バークレー校にて人工知能(AI)分野にフォーカスした電気工学コンピューター・サイエンスの博士号を取得。名誉あるHertzフェローシップを授与される。科学者、発明家、起業家の肩書きを持つDavidは、遺伝的アルゴリズムの研究所や米国のキャノン・リサーチ・センター、そしてエイムズ・ラボラトリーの理論化学グループにてエンジニアとしての勤務経験があり、多数の特許を保持するのみならず、統計機械学習、ロボティクス等の分野で65を超える論文が学術専門誌に掲載されている。また、複数のテクノロジー企業の立ち上げ、技術顧問、及びアドバイザーを経て、2008年にAIヘッジファンド、Cerebellum Capitalを創業。

Davidは、データ・サイエンスと今日呼ばれるようになった分野で既に20年にも亘る経験を有していますが、起業家精神にも溢れています。労務管理ソフト開発を行うBlue Pumpkin Softwareの立ち上げに参画したり、情報科学ディレクターを務めたBodyMedia(2013年にJawboneが買収)では精密なウェアラブル・ボディー・センサー端末のコアとなるアルゴリズムを開発。更に、AOLやYahooに買収された企業のアドバイザーも務めていました。

アグレッシブなビジネス・マンかつ少年のような知的探究心を兼ね備えたDavidは、家庭では良き夫であり父親です。ブリッジと呼ばれるトランプゲームやサッカーが大好きで、自称“パズル・オタク”でもあります。また旅行も趣味で、来日した際には富士登山や日本茶を楽しんでいます。